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2010年3月21日 (日)

原稿

書き終わりました
少し時間をおいて見直してから今夜にでも送信したいと思います
最近、作品展の痩身原稿ミスが多いので・・・
お待たせして申し訳ありませんでした
(最近謝ってばかりだorz)

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コメント

お返事ありがとうございます。今あまり時間がないので、一点だけ。

>また、「詰将棋のルール」と「指将棋のルール」に差異があることは、「詰碁のルール」と「囲碁のルール」に差異があることから考えても十分考えられます。
>こんな解釈をする人も「居る」ので、作意解答とともに注記が必要だという意見を送った次第です。

結局のところ、「詰将棋のルール」がきちんと定まっていないのがこの手の混乱の元なのだろうと思います。(本当は「指将棋のルール」が・・・なんですが、そこに文句を言っても暖簾に腕押しでしょうね。)
例えば、「連続王手千日手は不詰」というルール説明もあれば、連続王手千日手については特記せずに「その他は指将棋のルールに準ずる」としているルール説明(この場合、連続王手千日手が指将棋で禁手であれば詰将棋でも禁手になるはずです)もあります(ソースは今は示せませんが、実際に見たことがあります)。

本来は、「注記」ではなく大元のルールをきちんと定めることによって対処すべき問題だと思いますが、それが難しい状況では、余計な混乱を避けるために「注記」するというのがご指摘通り現実的な解であろうと私も思います。

ご回答ありがとうございます。

> その解釈のもとでは「最後の審判」も不詰になりますね(3度目の56歩合を同角(4度目)と取らせておいて、後で千日手の指摘をすればよい)。
> もしその解釈だとすると、「最後の審判」は普通かしこ詰であっても「千日手不指摘」が玉方の最善手となり得る初の実例、ということになると思われます。
はい、私は実は『最後の審判』不詰派(注記がないならば)です。ただし56同角(4度目)は禁手ではなく、その時点で玉方が千日手指摘をして不詰という意味です。という訳で「千日手不指摘」が玉方の最善手ではありません。


> ただ、個人的には「玉方の権利」という解釈には違和感を覚えます。
> 例えば今の文脈で、王手放置の指摘は「義務」ではなく「権利」なのかと考えると、そうは言えないのではないかと思います。それと同じ理由です。
あくまで個人的な解釈なのでそれに違和感を覚える人は居ても良いと思います。しかし上記理由では「千日手は(詰将棋のルールにおいても)禁手である」と言っているのと違いありません。
すなわち「王手回避をしない手」は禁手ですから、それを指摘するまでもありません。一方「千日手は禁手ではない」という解釈のもとでは玉方が指摘するかどうかが問題となります。

また、「詰将棋のルール」と「指将棋のルール」に差異があることは、「詰碁のルール」と「囲碁のルール」に差異があることから考えても十分考えられます。

こんな解釈をする人も「居る」ので、作意解答とともに注記が必要だという意見を送った次第です。もちろん「注記が必要」と感じさせるようなルールの間を突いた問題の考案に関しては感服しきりです。

お返事が遅くなりました。手短に失礼します。

>・4回目の同一局面が発生を玉方手番にする目的で出題図に「攻方42歩」を置いた件

ご指摘の通りです。

>・「最後の審判」と本題で問題にしている千日手関連ルールは微妙に異なる件

確かに、手番を入れ替えたせいで元々の主張がすっきりしなくなってしまっていますね・・・。ここは問題だったかもしれません。

>私が先程のコメントで示した解釈では、玉方が4回目の同一局面を指摘するのは権利である(義務ではない)ということです。

その解釈のもとでは「最後の審判」も不詰になりますね(3度目の56歩合を同角(4度目)と取らせておいて、後で千日手の指摘をすればよい)。もしその解釈だとすると、「最後の審判」は普通かしこ詰であっても「千日手不指摘」が玉方の最善手となり得る初の実例、ということになると思われます。
ただ、個人的には「玉方の権利」という解釈には違和感を覚えます。例えば今の文脈で、王手放置の指摘は「義務」ではなく「権利」なのかと考えると、そうは言えないのではないかと思います。それと同じ理由です。

折角作者様のコメントが頂けたので質問ですが、沢山書いてしまいましたが、その他の部分
・4回目の同一局面が発生を玉方手番にする目的で出題図に「攻方42歩」を置いた件
・「最後の審判」と本題で問題にしている千日手関連ルールは微妙に異なる件
はよろしいでしょうか?

> そして54桂を指した瞬間、「20手目で受方の勝ちが確定していた」可能性(X=香)は消滅し
なるほど、「不詰確定」後に「54桂を打つのは反則」ないしは「勝負あった」ので「54桂を打つ機会がない」ということですね。
私が先程のコメントで示した解釈では、玉方が4回目の同一局面を指摘するのは権利である(義務ではない)ということです。
すなわち、いつの時点でもその局面が以前に別に3回発生していればそれを指摘できるがそれは義務ではない
ということです。
通常の詰将棋だと4回目の同一局面は直ぐに指摘して「不詰」とするのが玉方の最善手ですのでその区別はありませんが、この解釈によると本作の場合はすぐに指摘せずに、
・54桂には同Yとし
・もう一回、回った場合は34香合で千日手指摘
とするのが玉方の最善手である、ということになります。

あくまでも千日手ルール(詰将棋版、注記なしの場合)の私の解釈です。指将棋だと記録係が指摘するはずなのでこういうことにはならないですから。

「ダブルアクセル」の作者です。

>すなわち上記において「34同香は」反則ではなく、玉方には「42玉」
>と指す権利があって玉方は不詰を確定できる(大道棋的に言うなら玉方の勝ち)。
>この解釈だと「ダブルアクセル」は不詰になります。
>七郎さんが「指将棋のルールでなくてはならない」と仰ったのはまさにこの部分だと思います。

ここの箇所ですが、仮に「受方が4度目の同一局面を発生させた瞬間に受方の勝ちが確定する」ルールだとします。
そうだとしても、(変化手順の)20手目42玉を指したことで受方の勝ちが確定するのは、X=香である場合に限られます(X=飛であれば同一局面はまだ3度目なので)。
逆に言えば、20手目42玉の時点で受方の勝ちが確定していないような覆面駒の正体の可能性が存在します。
そのような可能性が存在する以上、攻方の21手目54桂は可能な着手です(*下記注)。そして54桂を指した瞬間、「20手目で受方の勝ちが確定していた」可能性(X=香)は消滅し、残る可能性であるX=飛に確定する、というわけです。

(*注)例えば、協力自王詰ルールで攻方19王/受方28覆面39玉/持駒金、の局面から29金、同覆面成まで2手詰、とできないのと同様です(覆面=飛なら詰みだが、覆面=歩香の可能性が残っていることから、最終手から18王の着手が可能なため)。

以上が私のルール解釈ですが、いかがでしょうか?

「ダブルアクセル」の作者コメントと担当者コメントを拝読致しました。

担当者コメントの解説ですが恐らく違っています。
(1)「33玉型」については、出題図から1手進んだ局面の「33玉型」では「攻方42歩」が存在し、それ以降の「33玉型」では「攻方42歩」が存在しないため「33玉型」の同一局面4回発生を巡っての攻防はありません。

本題で問題となるのは「34同香、42玉」の時点、すなわち玉方の手によって4回目の同一局面が発生するからで、作者は4回目の同一局面が発生を玉方手番にする目的で出題図に「攻方42歩」を置いたはずです。

もし出題図で「攻方42歩」が存在しなければ、X=香のときの3回目の「34同香」の王手の時点でが文句なしに「連続王手千日手」の反則で
非合法のため、x=飛が判明します。

実際は出題図で「攻方42歩」が存在しますから、3回目の「34同香」の王手の時点ではどの局面も3回しか発生していませんが、その後の42玉で初めて4回目の同一局面が発生します。作者の理論によれば、この場合X=香とすると、
・「34同香」の時点で「連続王手千日手」の反則
・「42玉」の時点「34同香」が「連続王手千日手」の反則
の2つの解釈が可能だが、どちらの解釈においても少なくとも
「玉方が42玉と指した時点」では34同香が反則であることが確定
するのでX=飛と判明する、ということです。

以上は「指将棋のルール」だと思います。私が読んで来た詰将棋に関する本の解説だと、詰将棋の場合は「連続王手千日手は不詰」と書いてあることが多く、下記のように解釈していました。
すなわち上記において「34同香は」反則ではなく、玉方には「42玉」
と指す権利があって玉方は不詰を確定できる(大道棋的に言うなら玉方の勝ち)。この解釈だと「ダブルアクセル」は不詰になります。
七郎さんが「指将棋のルールでなくてはならない」と仰ったのはまさにこの部分だと思います。

「最後の審判」は「攻方が4回目の同一局面を発生させる手」にまつわる問題となりますから、本題とは別の問題と言えます。

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